プラスチック台座テーブルサインについて
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セザール・ド・ビュス (SLE 001) 台座サイン
1544年にフランスのカヴァイヨンで生まれたセザール・ド・ビュスは、イエズス会によって教育された信心深い子供だった。1562年頃、18歳で国王軍の兵士となり、宗教戦争でフランスのカルヴァン主義者(ユグノー)と戦った。1572年8月の聖バルテルミー大虐殺(彼は目撃したかもしれない)の後、海軍に入隊した。しかし翌年のユグノーの牙城ラ・ロシェルの包囲への参加は病気のために果たせなかった。パリのメディチ家のカトリーヌ(王太后)のもとで廷臣として3年間華やかな生活を送り、詩や戯曲を書き、絵を描いていたが、マスク・パレードへの道すがらマリアの聖地を通った時、転向体験をした。信仰心が再燃し、真摯な学究に戻った彼は、1582年に38歳で司祭に叙階された。1602年に列福され、1610年に列聖されるカルロ・ボッロメーオの生涯を読んだことがきっかけとなり、間もなくド・ビュスは本来の人生の仕事に着手した。即ち、プロテスタントの宗教改革の後、一般人(特に田舎に住む人々)にカトリックの教義を明快かつ単純に伝えることであった。その目的のため、ド・ビュスは説教の中で文学的・視覚的な才能を新たに駆使した。彼は問答ゲームを作り、詩や歌を作り、短いミステリー・プレイ(宗教劇)を上演した。また、福音書を描いた小さな宗教画を描き、手作業でロザリオや十字架を作り、パンフレットを配った。要するに、今日当たり前のものとなっている視聴覚による宗教教育を先駆けたのである。1592年、彼は信仰における子供と家族の教育のために男女それぞれの修道会を設立した。男子修道会はフランス革命により18世紀に解散したが、女性の修道会はイタリア支部が生き残り、今日もド・ビュスの使命を継続している。1594年から失明し、1607年に病没した。 + ここに描かれたド・ビュスは、白い衿の黒いカソックの上に帯を締めた白いアルブと緑のストールを身に着けている。彼が手にしている開いた本にはラテン語の聖書の一節(イザヤ書24:15)「In doctrinis glorificate Dominum」(訓戒の中に主を賛美せよ)が記されている。 + セザール・ド・ビュスはカテキズムの教師(カテキスタ)やキリスト教義父らの守護聖人である。 + 祝祭日:4月15日 + 画像提供元(SLE 001):イタリア・ミラノのTip. S. Lega Eucaristica(SLE)でクロモリトグラフとして出版された「フランスのキリスト教義の聖職者の会の創設者、尊者セザール・ド・ビュス」(Il. V. P. Cesare de Bus, Fondatore della Congregazione de’ Preti Secolari della Dottrina Cristiana in Francia)、20世紀初頭、製作者の宗教的エフェメラの私的コレクションより。野球カードに倣って、この聖画はド・ビュスの「ルーキーカード」の一つと見なされている。
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商品 ID: 256193503948107870
出品日: 2020/6/6 10:31
レーティング: G



